ひぐらしのなく頃に阿部高和が雛見沢村に引越して来たようです。
ひぐらしがなき始める少し前…俺はこの村へ越してきた。
俺の名前は阿部……阿部高和。しがないゲイの自動車修理工だ。
この村に自動車修理工場を開店してから一ヶ月・・・。
近所付き合いが苦手な俺にも友達が出来た。
とはいっても恥ずかしながらまだ学生の友達だが・・・。
性的な意味での友達ではなく、ただ純粋な意味での友達だ。
未成年を食ったら犯罪だからね。
修理工場とはいっても人口が1000人ちょっとの小さな村だ・・・。
自動車がある程度普及していても客は日に数えるほどしかこないから暇だ。
だから昼間はほとんどガレージの椅子に座って山間のやわらかい日差しをうけた日向ぼっこが日課だ。
そう・・・コーヒーか、それとも濃い目に入れた緑茶でも飲んで・・・のんびりと・・。
たまに通りかかる人に挨拶を交えた世間話しでもしながらのんびりと・・・夏の終わりのあの日までは・・・。
今思うとこの村に来てしまったことを本当に後悔している・・・。
許してくれ・・・許してくれ・・許してくれ。
この・・絶え間なく聞こえる足音に耐えられない!!許してくれ!!俺が悪かった。
俺なんかが踏み込んでいい場所じゃなかったんだ・・・。
この村には得体の知れない何かが棲んでる・・・何か・・・だから殺すしかなかったんだ・・・すまない。
阿部高和容疑者の自宅から発見されたカセットテープの内容の一部より抜粋
「フフ・・いい場所じゃないの・・。」
阿部は上機嫌で仕事用のバンを転がした。天気がいい。
ラジオからは彼を歓迎するかのような軽快なポップが流れている。
この新転地・・雛見沢村・・。彼はここで新たな人生を築くのだ。
彼の新しい修理工場は村の中心部から少し離れたところに有った。
お世辞にもいいところとはいえない。半分廃屋のようなところだ。
「やれやれ・・・これはお掃除が必要だな。」
元々は倉庫として使われていたのだろうか・・・ガレージの中は放置された廃材まみれ・・。
カビの臭いも強烈だ!!
阿部はため息を一つつくと、腰の手ぬぐいを使って茶色くにごった窓ガラスを拭き始めた・・・。
「よいしょ・・・ウホッ!!」
最後の廃材を運び出した阿部はガレージの小汚い椅子に腰をかけた。
「こいつはハードだぜ・・はあ・・はあ・・。」
腰の運動しか最近はしていない阿部にとってここのそうじはかなりハードだったようだ。
時計はすでに4時半を過ぎていた。外でひぐらしが悲しそうにないていた。
やれやれ・・・夕飯の用意をしなくちゃな・・。
阿部は椅子から重い腰を上げた。
阿部はガレージの入り口のシャッターを閉めかけて、ふと手を止めた。
横に誰かが立っている。どうやら小柄な女の子らしい。
ん?開店早々変わったお客だな。
「あ……あの……」
女の子が口を開きかける。淡い茶色の髪をヘアバンドで止めた小柄で活発そうな可愛いらしい女の子だ。
「何か用かい?お嬢ちゃん。」
「あ…あの、実は…」
「沙都子、秘密基地に誰かいたの?」
女の子の後ろから学生のグループが歩いてきた。
「秘密基地?ここがか?」
「あ…もしかして…管理人の方ですか?」
後ろからやってきた学生グループの一人がたずねて来た。緑色の髪を後ろで束ねた、これまた気が強そうな女の子だ。
「ん?……ああ。この阿部自動車修理工場のオーナーの阿部高和だ。」
「じゃあこの廃屋を修理工場として使うんですか?」
「ああ」
「困ったですわね。新しい秘密基地を見付けるのは大変ですわ。」
「ふーん…秘密基地としてここを使ってたのか…。」
「はい…そうなんです。」
阿部は改めて学生のグループを見渡した。まあまあ、個性的なメンツだ。
前述の二人に女装が似合いそうなイケメン、黒くて長いストレートヘアののほほんとした感じの華奢な女の子、それと茶色の髪をした女の子…。
「……いいよ。使いな。ここ以外秘密基地はないんだろ?」
「え?本当にいいんですか?」
緑色の髪の女の子が目をうるませた。
「ああ」
「やったぁ!」
皆が嬉しさにはしゃぐ姿を見ていると自然と笑みがこぼれた。
こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうか…
「じゃあ、ここのシャッターは開けとくから自由に使いな。ただし、工場を燃やしたり壊したりしないでくれよな。」
「はい、ありがとうございます!!」
「それじゃ…俺は夕飯の支度があるから先に帰るからな…。使ったらちゃんと掃除しといてくれよな。」
「あ、はい…勿論。」
やれやれ、若いってのはいい事だな。
スイマセンスイマセン。
ちょっくら用事を片付けてまして。
それでは再開いたします
簡素な夕食を終え、阿部は帰り道の商店で買って来た安っぽい焼酎を呑みながら今日の出来事を振り返った。
5回分の本番行為に匹敵するであろうハードな掃除…。
そして快活な雛見沢の学生。
田舎での新しい生活…。
人生まだまだ捨てたものではないな。
カエルの大合唱が響くなか、ほろ酔いの阿部は早めに床についた。
次の日、阿部は眠たい目を擦りながら阿部自動車修理工場とペンキで雑に書かれたシャッターを開けた。
途端にカビ臭い空気に混じってほのかで、それでいてふくよかな花のいい匂いが漂ってきた。
昨日摘んできたばかりであろう綺麗な花が花瓶にいけられてガレージの中央に飾られていた。
昨日のあいつらか…。まったく味な真似をしやがるぜ。
阿部は静かにほくそ笑んだ。
どうせ客も来ないだろう。
阿部はガレージの入口に椅子を持って来て、そこに腰かけた。
どうやら開店するのが早すぎたらしい。阿部自動車修理工場の前を登校途中らしい小学生や中学生が雑談し、キャッキャと楽しげな声をあげながら通る。
「あ…昨日の…オーナーさん。おはようございます。」
昨日の女装が似合いそうなイケメン君だ。
「おお……おはよう、お花ありがとう。大切に飾らせてもらうよ。」
「あのあと皆で摘みにいったんです。気に入ってもらえたのなら嬉しいです。」
「……そういえば正式な自己紹介がまだだったな。俺は阿部…阿部高和。アベリーヌと呼んでくれ。」
「……え?」
「ジョークだよ、ジョーク。」
「あ…アハ……アハハハハハ…なぁんだ…ジョークですか。……僕の名前は前原圭一。先月ここに越してきたばかりなんです。」
「前原君か……圭一でいいか。よろしくな圭一。」
「こちらこそ」
「楽しそうに二人で何を話してるのかな?…かな?」
今度は茶色の髪の女の子だ。
「あ、レナ。おはよう。」
「よう、昨日はどうも。」
「おはようございます、オーナーさん。」
「レナ、こちら阿部高和さんって言うんだ。阿部さん、この子は竜宮レナ。僕の友達。」
「おお、そうか。綺麗な花をありがとうな、レナ。」
「いえいえ…そんな」
「おいおい、所でお二人さん。学校はいいのかい?遅刻しちまうぜ。」
ガレージにある薄汚い壁掛け時計はちょうど8時を指そうとしている。
「ウワッ!ヤッベ!先生に怒られちまう!」
「はわわ!…圭一君早く!…それじゃあ阿部さん、私達はこれで。」
「…ああ。お前らが好きな時はいつでも遊びに来いよ。お茶煎れてまってるから。」
「あ、はい…ありがとうございます。」
だらだらと時間が過ぎる。そしてだらだらと日だけが照り付ける。やれやれ…この分じゃ日焼けサロンはいらないな。
阿部はコーヒーを一口すすり、ラジオのスイッチを入れた。今日は80年代アメリカのポップ。マイケルジャクソンのビリージーンがガレージの中に響き渡る。
まあ客なんか来ないさ。阿部はつなぎの上半身部分を脱いで半裸になった。
ふう…暑い暑い。
さて…一眠りしようかな…。
阿部は目を閉じた。…やがてうるさいセミの音がだんだん遠ざかって………。
「すいませーん!誰かいませんか?」
突然の大声に阿部は飛び起きた。
「……何だい?」
「すいませんが、自転車を直してもらえませんか?パンクしてしまって…。」
ガレージの入口に自転車を引いた、黒いキャップに黒いタンクトップ姿の男前が立っていた。
「…急にパンクしちゃって…。」
「アンタ、俺の最初のお客さんだぜ。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「喜んでいいのやら…何やら。」
「記念に名前でも教えてもらおうか。」
「僕の名前?…僕は富竹、主に野鳥の撮影をするフリーのカメラマンさ。」
「…野鳥専門のカメラマンか。じゃあ雛見沢へは野鳥の撮影で来たのかい?」
「いえ……ある事件の取材で…」
「へぇ……どんな事件?」
「………………………そんな事まで…言わねばならないのですか?」
「え…?」
突然富竹の声色が変わった。
こちらを冷たい…冷たい目で凝視している。
「…どうなんですか?」
「あ…いや…無理に言わなくてもいいよ。」
冷や汗が背中を流れ、ガレージの空気が氷点下にまで下がる…。
「………そうですか…ならいいんですよ。所で阿部さん、ここには最近越してきたんですか?」
さっきまでの態度が嘘のようにフレンドリーになる。偽りの馴れ合い…偽りの笑顔…。そんな物はもうたくさんだった。
「…ああ。つい昨日ここに越して来たばかりなんだ。」
「なら…お気をつけになったほうがいいですよ?」
富竹が接吻をせんばかりに顔を近付けてきた。鼻の先端がふれあいそうになる。
「……この村では知っていい事と悪い事がありましてね…。よそ者のあなたは余計な事に首を突っ込まない方がいいですよ…。さもないと…。」
ガレージの気温だけでなく気圧までもが急激に低下していく…。
「祟られますよ。」
「一体なにが言いたいんだ…アンタ。」
接吻寸前のイケメン顔にムラムラしながらも阿部はたずねた。
「…明日辺り神社に行ってみればいいじゃないですか。まあ…何も掴めないとは思いますけどね。」
富竹はパンクが直った自転車にまたがった。
「…なかなかいい腕ですね。…それでお代はいくらですか?」
「お代はいい…アンタが最初の客だからな。」
「あ、そうですか…それはありがとうございます。それではお仕事頑張って下さい。」
午後も昼寝をしてすごそうと思ったのだが、富竹の一件から、どうもその事件の事が気になり、眠れたものではなかった。
ただぼんやりと…椅子に座ってすごす…。
あの二人なら事件の事を何か知っているだろうか…。
今度来たら聞いてみよう。
ぼんやりと……ただぼんやりと……ガレージの天井を眺める…。
一体雛見沢でどのような事件が起こったのだろうか。
富竹があそこまで露骨な拒絶を示す程の酷い事件なのだろうか…。
限られた情報で様々な憶測を巡らす内に阿部はいつの間にか眠りに落ちていた。
「アイツを殺せ!八つ裂きにするんだ!」
突然の怒鳴り声に阿部はびっくりして椅子から転げ落ちた。
「あっちへ逃げたぞ!逃がすな!」
外から大勢の足音と怒りの声が聞こえた。
一体何事なんだ…?
生々しい…湿った音が響く……まるで泥の詰まった砂袋を鈍器で叩いているような音が…。そして何かをまくしたてて、しきりに罵声を浴びせる人の声。
阿部はガレージの窓からそっと外を覗いてみた。
村の住民と思われる人々が何かを囲んでたっている。
そしてしきりにその何かに向かって手にした斧や鍬を振り上げてはふりおろしている。
一体何をしているんだ…?
「おい!そのナタを貸せ!手首ブッた切ってやる!」
「頭は最後にしろ。出来るだけ苦しめてから殺すんだ。」
何の会話だ…。一体何をしている…。阿部は不安にかられた。何で…何であんな事をしてるんだよ。
「アナタは今、本来なら見てはいけないを物を見てるのよ」
背後から唐突に女の声がした。
阿部は慌てて振り向こうとした………。
何故だ!!体が動かない!!振り向けない!
「アナタ彼等に見付かったら殺されちゃうわよ?早く逃げた方がいいんじゃないの?」
無理を言うな!体が動かないんだ。
「いいこと?余計な事に首を突っ込んじゃ駄目。セックスじゃないんだから何でも突っ込めばいいってもんじゃないのよ…。分かった?」
「あ…ああ、分かった、分かった。」
「それじゃあ…そろそろ目を覚ましなさい…あなたはこの世界にいてはいけない人間…長居は危険よ。」
「……べさん?阿部さん?寝てるんですか?起きて下さいよ。」
「ん?……あ、ああ。……夢か…。」
「阿部さんうなされてたよ。恐い夢でもみたのかな?…かな?」
外を見ると、もう日が暮れて、空が真っ赤になっていた。もうこんな時間か…。やれやれ。
「あのね……阿部さん…たのみがあるの……聞いてくれるかな?…かな?」
レナが申し訳なさそうにたずねてきた。
「…一体頼みとは何だい?」
「あのね……ここを…この秘密基地を…その…部活で使いたいんだけど…使っても…いい?」
やれやれ。俺のガレージを部室がわりに使う気か?全く…今のゆとり世代は…。
「ああ…いいぜ…ただし、俺からも一つ頼みがある。」
「ん?…なに?」
「俺も部員に入れてくれ」
209 名前: ◆g4b7GjYsgg 投稿日: 2007/03/04(日) 20:05:22.20
ID:4LtYgxM8O
それからというもの、俺のガレージは夕方だけ部室に変身し、とても…それはそれは賑やかになった。
リーダー格の園崎魅音と可愛い物をお持ち帰りしたがるレナが毎回の部活で催されるゲーム(大概がじじ抜きだの大富豪だの他愛もない物)とそのゲームのビリに課される罰ゲームを考える。
毎回俺か圭一が罰ゲームを受けるハメになる。大概の罰ゲームの執行役はイタズラ好きのおてんば娘の沙都子だ。
いい子いい子担当はのんびり屋の梨花。
美しい物ほど脆いとはよく言うが、俺はこんな楽しい日々がいつまでも…いつまでも続くと思っていた…。
「ヲーッホッホ!また阿部のおじさまがビリでしてよ!」
「罰ゲーム…分かってるよね?…よね?」
「おじさんが考えた罰ゲームだよ!阿部さん耐えられる?」
「阿部さん…ドンマイ。」
「お…おいおい…よせよ…ワサビを鼻から吸うなんてインポッシブルだよ…なぁ、梨花ちゃん。」
「阿部さん可哀想なのです。でも罰ゲームは受けなきゃだめなのです。」
「……マジで?」
「「「「「マジで」」」」」
「まさか本当に吸うとは思わなかったわ…。」
「ごめんね…阿部さん。おじさんがこんな事考えなきゃ…。」
「ぐおおお!」
「阿部さん…大丈夫ですか?立てますか?」
「ああ…心配ないよ。ちょっと病院へ行ってくる…」
「阿部さんかわいそ、かわいそなのです。」
雛見沢村の外れにある、丘の上にその病院はあった。
「病院…病院…ここか………病院というより診療所だな。」
古臭いドアを開けて中にはいる。
途端に鼻をつく異臭に吐き気がした。
なんなんだこの匂いは!!
阿部は無意識に咳き込み、つなぎの袖で口と鼻を覆う。
病院の内部は臭いよりもさらに混乱の様相をていしていた。
待合室に入ると、診察終了時間間際なのに、人がたくさん座っていた。
それもただの人ではなく、皆顔色が悪い…というかそれをはるかに通り越して土色をしている。
誰も…ただの一人も喋らずにただただ虚空を向いて座っている。
なんなんだ…この人たちは…気味が悪い…。
「そんなにジロジロ見つめたら失礼ですよ。」
何処かで聞いた事のある声…。この耳に触るきどった感じの不快な声…。
「阿部さんですよね?…この前越してきた…。」
「ああ…そうだが…。」
この病院の看護婦だ…。胸につけられたネームプレートには『鷹野三四』と記されている。
それにしてもムカつくくらいオッパイのデかい女だ。
「診察室はこちらです…どうぞ。」
「え…?待合室で待たなくてもいいのかい?診察待ってるんだろ?この人たち。」
「構いません…さ、どうぞ、こちらに。」
診察室に入ると眩しいほどの美形のドクターが座って俺を待っていた。メガネ男子は嫌いじゃない。
ウホッ…いい男…。
「こんにちは、阿部さん…今日はどうされました?」
「ああ…鼻に異物が入っちまってね…痛むんだ。」
「それは大変ですね……それで、異物とは一体なんです?」
「……………わ……ワサビ…。」
「え?」
「ワサビ…吸い込んだんですか?」
「………ああ…。」
「プッ…ハハハ……阿部さん男前ですけどやることはおちゃめなんですねwwwwwww」
「わ……笑わないでくれよ!!………//////」
「いや…すいません……ハハハ…。」
「ムゥ…………。」
「でも…そんな無茶な事をする男の人…嫌いじゃないですよ。」
「阿部さん…無邪気なんですね……。」
「そうか?……そうとは限らないぜ。」
「え…?」
「今俺がアンタを抱きたいという欲情の炎を内に秘めてると知ったらアンタどうする?」
「そんな…阿部さん…。」
「どうですか、入江先生……今夜…空いてますか?」
「……………はい。」
「じゃあおいしいお酒とディナーを用意して家で待ってます。」
「それでは…お邪魔させて……いただきます。」
「先生!診察はちゃんとして下さい!!」
「あ、ああ……ごめんよ、鷹野くん。」
「それじゃ、先生…また今夜。」
病院を出ると既に外は暗くなりかけていた。
いけね!ガレージのシャッターまだ閉めてねぇや!
ガレージに帰ると皆は既に帰っていた。座っていた椅子が乱雑に放置されている。
アイツラ…散々片付けとけと言ったのに…全く…。
阿部は椅子を片付けていてふと、そこにメモが有ることに気が付いた。
皆の謝罪の言葉が書かれたメモだ。
「ワサビは悪かったですわ。今回だけは正直に謝りますわよ。
沙都子」
「おじさんの罰ゲームのせいで……阿部さん本当にごめんね。
魅音」
「阿部さん可哀想可哀想なのです。
梨花」
「阿部さん本当にごめんなさい。こんな事されてもまた一緒に遊んでくれる?
レナ」
「俺がついていながら…阿部さん本当にごめんなさい。
圭一。」
ははは……こやつらめ………。
「あ…阿部さん…まだガレージにいらしたんですか?てっきり家に帰っているものだと。」
「ああ…入江先生。ちょっと待って下さいね。すぐ片付けますから…。」
「私も手伝いますよ。」
「そんな…いいですよ入江先生。そこの椅子に座ってて下さいな。」
「このメモは?」
「あ?…ああ。ここを部室代わりに使ってるガキどもですよ。なかなか面白いガキどもでしてね。コイツラのせいで俺がワサビを吸うハメに…。」
「仲がいいんですね……阿部さんまるでこの子達の父親みたいですね…。」
「そんな……父親だなんて大したものじゃないですよ…」
「この中にいるですね……沙都子ちゃん…実は両親が居ないんですよ。」
「………え?」
「両方とも事故で死んでしまったんです…それ以来…彼女の兄と二人きりで……。」
「兄…?沙都子に兄が?」
「…………いえ…お喋りがすぎましたね…さあ阿部さん行きましょう。私お腹が空いてしまいましたよ。」
「………あ…はい、それもそうですね…行きましょうか。」
「いやぁ、ひぐらしがなく夜道を二人で歩くなんて風情がありますね。」
「………ええ…。所で一つはっきりさせて下さい。」
「………沙都子の兄の話ですか…。私は知りません。知っていたとしても教える訳にはいきません。」
「…それは何故です?」
「この世には…知っていい事と悪い事の二種類があります。悪い事なら知らない方が幸せな事もありますよ。」
「はぐらかさないで下さい。」
「……では、しかるべき時に必ず教えます。それまでは我慢していて下さい…。」
「……アンタいい加減にしろよ!そんな中途半端な状態のまま沙都子と接しなきゃならない俺の気持ちも少しは考えろよ!」
「……勘弁してください…私は祟られて死ぬのは嫌です……。」
「祟られるだの何だの…この村はおかしい…狂ってる。」
「……………。」
「……ごめん、入江先生。あつくなりすぎた。俺が悪かった…。」
「いえ…いいんです…気にしないで下さい…。」
「…酒呑んで飯を食えばスッキリする…。ですよね入江先生。」
「ええ、そうですね。」
「アッー!アアッ…阿部さん…凄い…気持ちいい…。」
「入江先生………肌が綺麗ですね…スベスベだ。」
「雛見沢の人間は皆そうですよアアッ!…土地柄とでもいうんでしょうか……アンッ…アンッ…。」
「ではあの待合室にいた不気味な人たちも何か土地柄のような物なんですか?」
「アアッアアッ!え……ええ…彼らはこの土地独特の風土病に感染した人々です…なぁに…命に別状はありませアッー!」
「入江先生……俺たちなかなかお似合いのカップルだと思うんだが…俺と付き合わない?」
「ハアッ…アンッ…アハッ…ハアッハアッ……ええ…喜んでアッー!」
「嬉しいよ…入江先生。」
「私もですよ阿部…アアッ…アンッ。」
「ハァ…ハア……良かったよドクター入江。」
「ええ…お役にたてて光栄ですよ阿部さん。」
「阿部さんだなんて水臭い…アベリーヌと呼んでくれ。」
「ハア…ハァ…ハハハ…阿部さんのそういう所…好きですよ。」
「…ああ。ありがとう。」
「それじゃあ阿部さん……お食事美味しかったです。また誘って下さいね。」
「ああ…俺はいつでもいいぜ。待ってるからな。」
「ええ…ありがとうございます。それでは阿部さん。おやすみなさい。」
「夜道は暗いからな。気を付けろよ。」
「…はい。大丈夫です。」
はあ…気持ち良かった…。入江は満足気で帰路についた。
阿部さん…いい人だなぁ…
スタ…スタ…スタ…
ペタリ…ペタリ…ペタリ…ペタリ…
おかしい!!足音がもう一つ聞こえる!!!
街灯もない林道でだ。しかもこんな夜中に裸足で歩く馬鹿がどこにいるのだろうか。
後ろを振り返る事が躊躇われた。
振り向いたら果たしてどんな物が待ち受けているのか皆目見当もつかない。
「スゥ…フシュー…。」
…後ろから得体の知れない息遣いが聞こえる…。入江は後悔した…心底後悔した。村の掟に抵触する事をしてしまった事を。
だが、入江が本当に後悔するのはこれからだった…。
翌朝…阿部は本番行為で疲れた体を引きずるようにして阿部自動車修理工場へと向かった。
やれやれ…俺もあまり若くないのかな?
阿部はため息をつきながらガレージのシャッターを開けた。
阿部は愕然とした。
ガレージの床に赤い自動車用の塗料で大きく、そして乱雑に文字が書いてあった。
『これ以上探るな』
ガレージは密室だった筈だ……そんな馬鹿な…。窓ガラスにだって、シャッターにだって鍵はかかっていたはずだ。
一体だれが何故こんな事を……。
「一体何なんだい…こりゃ…。」
阿部は思考を巡らせて一つの結論に辿り着いた………祟り。
祟りだとしか考えられない…こんな密室で…こんなことを出来るのは…幽霊…。
いや、そんな馬鹿な…。この現代の日本で幽霊なんてそんな…。
「あ…阿部さん…おはようございます。朝から精が出ますね。」
「おお…圭一…コイツを見てくれよ…」
「すごく…イタズラじゃないんですか?」
「窓ガラスも割られてなかったし鍵もかかってた。シャッターも鍵が閉まっていた。侵入路はないのに、一体どうやってやったと思う、圭一。」
「さあ…皆目検討もつきません……幽霊じゃないんですか?」
「圭一くん……阿部さん……おはよう。」
「おい…レナ…コイツを見てくれよ。」
「…………ねぇ、阿部さん?」
「ん?何だい?」
「……一体何を探ってたの?ネェ何を探ってたの?」
突然レナの両目が光を失い、こちらに冷たい、冷たい視線を送る。え…?レナ…?
「ネェ……とぼけてないで教えてよ……何を探ってたの?阿部さん。」
「お…オイ…レナ…阿部さんに失礼だろ。止めろよ…。」
「私はこれ以上、阿部さんに探られたくないな。」
以前として絡み付くように冷たい視線を送るレナ……。あんな表情のレナ初めてだ。
「ああ…分かった。もうこれ以上探らないよ。」
「本当に本当?」
富竹の時と同じようにレナは俺の顔が触れ合うギリギリまで顔を近付けてきた。
「ああ、神にかけて誓うよ。もう探らない。」
「そう……なら良かった…。」
いつものレナに戻る。
一体なんなんださっきのレナは!!あの爬虫類のような目…人間の目ではなかった!
「………阿部さん?」
レナに微妙に聞こえないような声色で圭一が話しかけてきた。
「さっきの件でお話があります。今日の夜…空いてますか?」
俺は空いている、という合図に一回ウィンクした。
「ネェ…圭一くん…また遅刻しちゃうよ?早く行こうよ。」
「あ…いけね!それじゃあ阿部さん。よろしくお願いします。」
「ああ…行ってらっしゃい…。」
阿部は何ともやりきれない気持ちで腰の手ぬぐいを取り、床の塗料を落としにかかった。
阿部は日々の日課であるひなたぼっこをしながら、今朝のレナの豹変ぶりを思い出した。
この村には知っていい事と悪い事があるんですよ…余計な事に首を突っ込まない事ですよ…か…。
一体この村には何があるんだろう。それほどまでに重大なことなのだろうか…。謎はつきない。
「ンッフッフッ…椅子に座ってひなたぼっことは随分と仕事熱心ですねぇ。」
ガレージの入口からいやらしい声がした。誰だろう……お客か?
「いらっしゃい…今日は何のご用ですか?」
がっちりずんぐりした体に、黒いシャツとサスペンダー…ダンディーな顔つきの、イケメンと言うよりは男前の…どこか胡散臭い中年の男が立っていた。
「ンッフッフッ…私は車を修理に来たわけじゃない。事件の捜査にきたんですよ。…申し遅れました。私、興宮署の大石と申します。」
「所で昨日の夜アナタ何してましたか?」
突然の核心を突く質問に脂汗が出てきた。なんなんだこの刑事は…。
「昨日は…えっと…病院の入江先生と食事をしました。」
「ほお…入江先生と一緒だったんですか?」
「はい…そうです。」
「へぇ…。」
大石の目がこちらに向けられる。明らかな疑いの目だ。
「食事のあとは何かしたんですか?」
おいおい、そんな突っ込んだ所まで聞くのか?
「いえ…ただの雑談で……」
「雑談ですか?…しかし近隣の住民の人達は入江先生とあなたのあえぎ声らしきものを聞いていますが、最近の雑談はあえぎ声でも出しながらするんですか?」
何て事だ…筒抜けじゃないか!!
「ンッフッフッ…刑事に嘘はいけませんよ…阿部さん…。雛見沢なんか所詮小さな村だ。あなたの行動や情報は全て筒抜けなんですよ。」
「いい加減に教えてくれませんか?……一体何が起きたのかを…。」
そういうと大石は辺りを見回して他に誰もいない事を確認した。
「これはいささか奇怪な事件でして、おいそれとは口に出しては言えない種類のものなんですよ。」
ヒソヒソと大石は続ける。
「この話は決して口外なさらずに…いいですね?」
「実は……入江先生は割腹自殺されました。」
体中の血液が一気に逆流する…そんな感覚が全身を走る。
「……え?…今なんと…。」
「病院の診察室で入江先生が自殺しました。遺書がみつかりましたが、これまた奇々怪々なものでして…。」
「え……そんな…嘘でしょ?」
「刑事が嘘ついてどうするんですか。」
「その……遺書には…なんと…」
遺書の事に触れた途端に大石の目つきが変わった。一瞬にして殺気起つ。
「…言えません。捜査に支障をきたします。」
「何故ですか!入江先生は俺の恋人だったんですよ!」
「そうですか…それはお気の毒に…。」
「教えて下さいよ!」
「阿部さん…」
大石は静かに…だが凄味のある声でゆっくりと続けた。
「この村には知っていい事と悪い事があって、知らなければ幸せな事もあるんですよ。」
「阿部さん…あなた近隣の人達に嫌われてますよ…ガレージに学生連れこんで変な事してるなんて噂もされてるし…。もうすこし自重したほうがいいんじゃないですかね。」
「ええ…言われなくてもそうしますよ…。」
「言っておきますが阿部さん。下手な事に首を突っ込まないで下さいよ。祟りが起きてアンタが殺された時に、アンタの死体を片付けるのは我々なんですから。」
「早く…お引き取り願いますか…。」
「それでは阿部さん…恋人のご冥福をお祈り致します。」
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